私の実家じまい

山も田んぼもある田舎の物件は売れるのか?そんな実家じまいに取り組んだ1年間の記録

9月27日 不用品の搬出

朝一番で依頼していた粗大ごみの収集業者さんがやってきた。

作業する人は20代~30代の若い人がほとんどだった。ジムに通っているのではないかと思うくらい筋肉がたくましい。

作業はすぐに開始された。自分たちが帰省したときに使用するテレビ、冷蔵庫、レンジ、洗濯機に布団など。それらを残して後はすべて搬出してもらう。

作業は手際よく進む。重いタンスも簡単に運び出していく。仏壇も「供養が終わってますね?」と確認して運び出していく。蔵の2階には昔からのタンスや長持ちが置いてあった。自分一人ではとても動かせないくらい重くて頑丈な作りだった。狭い階段をどうやって降ろすのだろうか?そう思っていたら、中でばらしていた。

午後の3時。社長が差し入れを持ってやってくる。「若い人が多いですね」と訊くと、「なり手が少ない」とのこと。確かにハードな仕事だ。

再開後も作業はたんたんと進められていく。残っているものは少なくなった。納屋の中の使わなくなった運搬車も引き取ってもらった。

翌日までかかると見込まれていた搬出作業が夕方には終了した。

実家は、母屋も蔵も納屋も、自分たちが帰省時に使用するものを残して、それ以外はすべてきれいさっぱりとモノがなくなった。

 

9月25日 不用品の買い取り

買い取り屋さんに来てもらって、査定してもらった。

高価なものがあるわけではなかった。

横浜に持ち帰ったレコードはすでに期待外れに終わっていた。

学生時代に買ったレコードプレーヤー、アンプ、スピーカーは、もとより高価なものではなかった。

ほかに盆暮れの贈り物や結婚式の引き出物など、未使用のまま保管されているものがたくさんあった。そのまま捨ててしまうのはいかにももったいなかった。

漆器の什器もあった。昔は家で葬式や法事を行っていたから、そのときに使用したものだった。一つずつ丁寧に包んであったが、長年使い込まれて擦りキズが目に付くようになっていたせいか、引き取ってもらえたものは少なかった。

思いもしなかったものを引き取ってもらえた。

いわゆるシニアカーという電動の車いすだった。母が生前中に乗っていたもので、乗らなくなって10年以上たっていた。バッテリーはとっくに上がっている。地元の販売店には引き取りを打診したが拒否されていた。しかし、市内では中古のシニアカーの引き合いがあるという。「エンジンキーがないか?」ということで大急ぎで家中を探して見つけ出し、何とか引き取ってもらうことができた。

惜しいことをしたのは石油ランプだった。蔵の2階に煤まみれのまま吊るされていた。アンティークなレストランなどで人気があり、1万円で引き取るという。もちろん異論はない。買い取り屋さんが蔵の中から持ち出してきて、入り口近くに置いていた。ところがそのそばを妻が通ったはずみに倒れ、「パリン」という乾いた音とともに、いとも簡単に割れてしまった。

そんなハプニングもあったが、それやこれやで買い取り屋さんが電卓をはじいて出した金額は3万6000円。思ってもみない金額で買い取ってもらえた。

9月24日 古いアルバム

衣類など不用なものをごみ収集用のポリ袋に詰めていった。

処分を依頼した粗大ごみの収集業者業者さんからそのように指示されていた。

姉たちがほしいというものはすべて引き取ってもらっていた。

極力何も考えずに次から次へと放り込んでいく。本はビニールひもで十文字に縛っていく。量があまりにも多く、次第に指が痛くなる。安物のビニールひもにしたのが失敗だった。指が痛くなりにくいと書いてあった値段高めの方を選んでおけばよかった。

奥の部屋の押し入れから古いアルバムがたくさん出てきた。自分たち姉弟が学校に通っていた頃の写真だ。1頁ずつはがすようにしてめくってみる。懐かしい昔の光景がよみがえる。ほかにもたくさんのアルバムが出てくる。学生時代の写真、結婚式の写真、農協の旅行会に参加した母の写真など。処分はどうしようか?姉たちに訊くと、「思い出は胸の中に」との返事。

結局、子供の頃のアルバム1冊だけを残してほかはすべて処分することにした。

 



9月21日 今年8度目の帰省

今年8度目の帰省。

仏壇の閉眼供養と不用品の処分が目的だったが、入用なものを持ち帰るため、車で帰省することにした。

東名集中工事による渋滞を懸念したが、心配したほどのこともなく無事に通過。

途中のSA内のホテルで一泊し、翌日実家に無事到着。



9月13日 草刈りの依頼

実家の草刈りをシルバー人材センターに依頼した。

今年に入って2回目だ。

今年は頻繁に帰省していて、ヒマをみてはその都度自分で草刈りをしていたが、前回の帰省から1か月がたっていた。次の週には帰省することにしているが、草刈りしている時間が取れそうにない。

作業員3人ほぼ1日やってもらって2万6000円。

帰省費に比べればずっと安い。

9月12日 過去帳

実家の仏壇にはなぜか過去帳が見当たらなかった。

前回帰省したときにもさんざん探したが、見つからなかった。姉たちにも聞いてみたが、知らなかった。

過去帳を用意する必要があった。

自宅の仏壇には妻の両親の戒名を書いた過去帳があったが、さすがにそこに自分の先祖の戒名を書き加えるのは違和感があった。妻も同じ意見だった。

そこで近所の仏具店で新しく過去帳を購入することにした。

 

購入すると早速習字の練習を始めた。筆と硯と墨は妻が持っていた。

菩提寺の住職に戒名を書いてもらえないか頼んだが、あっさりと「自分で書いてください」と断られていた。

実家の仏壇の閉眼供養は10日後だった。それまでに戒名を書いて、一緒に供養してもらうつもりだった。

しかし、筆で書くのは簡単ではなかった。指がパソコンのキーボードやスマホのタッチに慣れ切っていて、筆の持ち方すら忘れている。筆先がやわらかくて書きにくい。始めはまっすぐの線を引くことから練習する。少し慣れて戒名の字を書いてみる。なかなか読めるような字にならない。戒名の数も多かった。初代から数えると全部で7人分あった。読み終わった新聞を広げて、真っ黒になるまで何度も何度も練習する。墨を磨るのも何十年ぶりだった。一週間ほぼ毎日のように練習して何とか読めるような字が書けるようになった。

「よしっ!これでいこう」

そう思って過去帳に書き始めることにした。

新聞紙と違って過去帳の紙質は滑らかだった。緊張が走った。「失敗はできない」と思った途端、字が曲がってしまった。