実家を下見させてほしいという人がやってきた。
空き家バンクには登録する前だったが、どこからか情報を聞いたのだろう。内々に見せてほしいと役場を通じて紹介された。
不用品の処分は第一弾が終わったばかりで、ほとんどできていなかったが、実家が売れるか確かめてみたい気持ちがあった。
その人は、Iターンで来ている人で、この地区が気に入っていて、いい物件がないか探しているところだった。
その日は天気に恵まれていた。約束の時間より30分も早くやってきた。
庭に立って南の方角を眺めると、左右になだらかに傾斜する山の青い稜線が遠くに望めた。自慢の景色だった。私は言った。
「この眺めだけはいいと思っているんです。ここでレストランでもやれればいいなと」
眺めは問題ないようだった。
早速玄関から家の中に入ってもらった。
「家の中の不用品の処分はこれからなんです」と断りながら、居間、台所、表の間といった順に見てもらって行った。
その人は言った。
「家具は置いてない方がいいです」
私は、先日の不動産屋さんの言葉を伝えた。
「家具は置いたままでいい。後に入る人が使うと言うかもしれない。仏壇も使うと言うかもしれないから、と不動産屋さんが言ってたんですが」
その人は言った。
「全部いらないです。部屋のアレンジをいろいろと考える上で、モノが置いてあると目障りなんです。」
「いずれ全部処分します」
これで不用品は全部処分することが決まった。
その人は実家の名義のことについて訊いてきた。
「名義はどうなっていますか?」
「父親が早く亡くなったので、全部私の名義になっています」
「田舎で名義が書き換えられているのは珍しいですね」
その人は、これまでにもいろんな物件を見てきたのだろう。そのあたりの事情に詳しいようだった。登記申請も自分でやると言った。
私は、「名義が書き換えられているのは珍しい」と言われたことに少し不安を覚えた。なぜなら、実家の権利証をまだ十分に調べていなかったからだ。
固定資産税の納税通知書は自分宛てに送られてくるから、自分の名義になっているのは間違いないはずだが、権利証の中身はいったいどうなっているのだろう。
その人は、話題を変えて、核心部分を訊いてきた。
「価格はいくらぐらいを考えておられますか?」
私は、固定資産税評価額の金額を丸めて言った。
すると、
「それは高いなぁ。井戸の掘削とかいろいろとお金がかかって、それを回収されたいというのはわかりますが、これから台所やお風呂場の修繕などリフォーム代もかかるので、それらを差し引いて、100万から200万というところが相場じゃないですか?」
愕然とした。
100万や200万はないだろう。成り行きによっては相応の値引きをしてもいいと思っていたが、それでもかなりの開きがある。
「山には樹齢100年の松の木が育っています。それを売れば100万にはなりますよ」
「いや、売れても伐採費用にほとんどを持っていかれて、手元にはいくらも残りませんよ」
こうして最初の購入希望者との成約は夢と消えていった。